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更新日:2023年3月20日
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かねてより地域の歴史と文化の継承のため、適切な保存と活用に向けて取組を進めていた次の3か所9件の建造物について、令和5年3月17日(金曜日)に開催された国の文化審議会において、登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申がなされました。
なお、県内の登録有形文化財(建造物)の件数は今回で75か所157件となる予定です。
旧金岡家住宅道具蔵(きゅうかなおかけじゅうたくどうぐぐら)
(明治13年頃建築/大正後期頃・昭和60年頃改修)
富山市新庄町1丁目37番地21
富山県
金岡家は江戸末期より薬種商を営み、治水事業や電気事業、鉄道事業に尽力し本県の経済基盤を築いた。主屋(しゅおく)・新屋(しんや)・土蔵・門・塀は平成10年に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、「富山県民会館分館金岡邸」として一般公開されている。
道具蔵は、広い収蔵空間に棚を並べる、重厚な造りの大規模土蔵。南正面の出入口は、腰の石貼りや黒漆喰仕上げなど豪華に装い、金岡家の土蔵でも最も格式が高い意匠・技術が用いられている。
中庭に面する北側は、小庇(こひさし)を有する4つの意匠的な窓を設け、外壁腰のモルタルも擬石洗出し仕上げで石貼風に見せ、主屋や新屋からの中庭越しの眺めにも配慮されている。
山田家住宅洋館(ようかん)
(昭和4年建築/昭和13年・昭和39年改修)
山田家住宅蔵
(明治前期建築/大正後期増築)
山田家住宅倉庫(旧詩百篇酒造壜倉(きゅうしやっぺんしゅぞうびんぐら))
(明治中期建築/昭和39年改修)
山田家住宅門及び塀
(昭和39年頃)
南砺市福野字新町
個人
門及び塀は、新町通りに面し蔵とともに現在の山田家の正面となる。門は腕木門(うでぎもん)で、コンクリート基礎の板塀と連続する。昭和39年頃に建替えられているが、江戸時代以来屋敷地に塀を巡らせ門を開く、山田家の屋敷構えを構成する。
吉田家住宅主屋(しゅおく)
(明治5年建築)
吉田家住宅石蔵(いしぐら)
(明治5年頃建築)
吉田家住宅土蔵
(大正後期建築)
吉田家住宅板塀
(明治5年建築/昭和前期改修)
射水市二口(旧大門町)
個人
吉田家は、二口熊野新宮の参詣路に面する旧家で、地域からは「吉田はん」と呼ばれ親しまれた。
主屋は、明治元年から5年にかけて、分家の宮大工を棟梁として建てられたと伝わる。富山県の独特な建築様式であるアヅマダチ建築で、広間の豪壮なワクノウチをはじめとした室内の格調高い意匠と技術が特筆される。旧家の風格を備え、地域の歴史的景観の核をなす。
石蔵は、1階は石造り、2階は木造蒸籠組造り(柱を使わず厚い板を蒸籠のように組んだ造り)の外に壁土を塗るもので、富山県でも珍しい形式の土蔵である。土蔵は高さ90cmの基壇上に立ち、2階床までを基壇を含めて布石積み型のモルタル洗い出し仕上げとし、鉄扉を採用する近代らしい土蔵。
板塀は、正面道路に面する西辺中央に賓客を迎える切抜き門を備え、縦板張を基本とするが、南辺の座敷から庭越しに眺める部分は、虫食穴を有する舟板を転用して横板張とし、景色とする。風格ある旧家の表構えを形成する。
所有者のみならず、県民が、地域の身近な文化資産の価値や魅力を再発見・再認識するとともに、地域の宝・誇りとして末永く保存・継承していくための契機となる。
地域固有の優れた歴史的・文化的な資源が保存されることで、地域づくりや観光などへのさらなる積極的な活用の推進につながることが期待される。
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